Histoire d'O selon Oraclutie

『O嬢の物語』を読む - 「ロワッシーの恋人たち」
第12回, Quand on détacha la jeunne femme ...

段落が改まる。

男たちはOを縄から解く(前段落で出てきたアナルセックスの場面で、Oが柱に縛られたままだったことがこの記述でよりはっきり分かる)。Oは赤いマントの下でふらふらしており(chancelante)、気が遠くなりそう(presque évanouie)になっている。

ここでマント(manteau)という語で出てくるのは、すでに以前の場面(第7回)で、ケープ (cape)という語で出てきた衣裳に他ならないだろうが、実はこれの着脱の経緯が明瞭でない。先の鞭打の場面の前に、マントを脱がされたという記述はないし、今、鞭打ちの後マントを再び着させられたという記述もない。が、両腕を高く上げて括りつけられての腰や大腿への鞭打ちは、物理的に言って、マントなしで行われたと考えるのが自然だろう。そしてその後、再びマントで身体覆われたと。性的陵辱の後マントに包れた先の場面(第7回)と同じように。概して『O嬢の物語』の中で、Oが、そして登場する女性のだれもが、私的な場所以外で、のべつまくなしいたずらに全裸のままほうっておかれるということはない。このすぐ後の場面でも見られるように、女たちの肉体は、性的に常にアクセス可能でありながら、なんらかの服で覆われることになる。

原文の文体についての一言。この段落の冒頭、澁澤訳でいうと、「男たちは、赤いマントの...。」「そして彼女を...。」「この規則は...。」「男たちは火のそばの...呼鈴を鳴らした。」と4つの文になっている部分は、原文では実は長い一文になっている。

Quand on détacha la jeune femme, chancelante et presque évanouie sous son manteau rouge, pour lui donner, avant de la faire conduire dans la cellule qu'elle devait occuper, le détail des règles qu'elle aurait à observer dans le château pendant qu'elle y serait, et dans la vie ordinaire après qu'elle l'aurait quitté (sans regagner sa liberté pour autant), on la fit asseoir dans un grand fauteuil près du feu, et on sonna.

枝葉を省略して大まかにいうと、

男たち(on)は、マントの下でふらつく女の縛めを解くと、彼女を独房に連れて行く前に、城館滞在中及びその後の日常生活(しかし束縛を伴う)の中でも守らなければならない規則を教えるために、暖炉の側のソファーに座らせ、そして呼鈴を鳴らした、

のような構造になっている。一般にフランス語と日本語との統語法の原則の違いにより、フランス語の長い一文を修飾−被修飾の語順を変えながら、日本語にそのまま置き換えていくと、意味の読みとりにくい訳文になるので、いくつかの文に分けるというのは極めてまともで、必要な手段である。が、残念ながらそのことによって失われるものも多い。この場合でいうと、一つは、立体的な論理的構造に結びついている各部が、それから離脱して並列的に提示されることによって文の流れが単調になる危険性があること。もう一つは、文の長さの長短が生み出している原文のリズムが失われることである。

文の長短の混在が生み出すリズムについてはこの作品の冒頭部の例でも触れた(第1回)。この文では一文の中で句の長短によって同じ効果が生じている。この文の骨格はonを主語にした長さの極端に違う3つの句であり、最後の句は on sonna(呼鈴をならした)。接続詞 et を入れても3語、4音節である。原文を音読すると、ぐじゃぐじゃと長たらしく始った文が、et on sonna と閉じるときに、ストンと落ちる感じがする。残念ながら、このストンという感じ、さらには一連のアクションが終り、次に何が始るだろうと期待させる感じを翻訳で再現するのは至難のわざとなる。

この文の内容に戻って、事実関係に関する小さな問題を一つ。"On sonna"を「呼鈴を鳴らした」と訳すとして、この呼鈴とは具体的に何であろうか。現代ではこういう文脈でsonnerといったときに思い浮かべるのはもちろん電子・電気式の呼鈴である。小説の舞台である1950年代には、電子音でも、「ピンポン」という電気式チャイムの音でももなく、「ジー」という音の簡単なブザーだったろう。一方、それよりずっと古い世界では、使用人を呼ぶとき "sonner"する呼鈴は手に取り上げて振り、「チリンチリン」と音を立てる小さな鐘であり、城館という場所にはそれも似つかわしいと言える。これを書いたときの作者の中にはもちろんどちらかはっきりしたイメージがあったろうが、フランス語からだとどちらにも読める。訳者がどちら選ぶか、読者がどちらを想像するかによって、ロワッシーの生活についてのイメージに少なからぬ違いが生じる。手で振る鐘だと、古い城館の生活という貴族的な、ある意味でロマンッチクな面が、電気式のブザーだと、使用人や女たちを効率よく使うビジネス組織としてのイメージが強調されることになる(ロワッシーについてのこの2面性はこの作品を通して存在し、後者の散文的な面が「ロワッシーへの帰還」で描かれることになる)。澁澤訳では「呼鈴を鳴らした」はフランス語と同じく、どちらにとることもでき、鈴木訳「呼鈴を押した」はブザーという解釈を明示的に選択した訳となっている。

「呼び鈴」に応えて女たちがやってくる。彼女らはOに着せるもの(de quoi l'habiller)を持ってくる。「服を着る」ということを表現しようするときに使われるフランス語の habiller は「着せる」という意味の他動詞で、自ら「着る」と言いたいときは s'habiller代名動詞(再帰的表現)にしなければならないが、ここではこの、habiller が他動詞であることが生きている。つまりOが「着る」のではなく人がOに「着せる」のである。ここでは多くの日常的な動作についてOは動作の主体ではない。

女たちが持ってきたものがもう一つある。それについて、澁澤訳では「Oがここに来る前からこの城館にいる女たち、あるいはOがここを出ていってから来るだろう女たちと、彼女とを区別するのに必要な目じるし」、鈴木訳では「Oがここへ着いたときにすでにこの城館の客となっていた男たちと、彼女がここを出ていってから客になる男たちとのあいだで、彼女がよく見分けられるような目じるし」と大きく異なった訳が与えられている。原文は、

de quoi la faire reconnaître auprès de ceux qui avaient été les hôtes du château avant qu'elle ne vînt ou qui le seraient quand elle en serait partie

であり、結論からいうと、鈴木訳がほぼ正しい。 ただし鈴木訳も時制の読みに若干の混乱がある。直訳すれば、「Oが城館にやって来る以前にここの客であった人々、あるいはOがそこを去った後に客になるであろう人々に対してOを識別させるようなもの」で、敷延すれば「Oの滞在中には城館にいなかった、Oに実際に会ったことのないロワッシーの客にでも、それを見ればOがある種の女性だということが分かるような目印」ということである。

澁澤訳は恐らくhôte という「もてなす人」「もてなされる人」の両方を指し得る単語(それにしても女性形ではなく男性形)がもたらす混乱にひきずられた錯誤であろうが、鈴木訳の時制の読み違えも含めて、ここで既存の訳に混乱があるのは実は、原作者に責任がある。というのは、そのものが何か、それがOにどのように着用させられたかということの記述が、この場面でまったくなされていないからである。

小説を全部読んだ人は、その目印はOが後ですることになる鉄の指輪であると想像できることだろう。しかし、Oの鉄の指輪はOがロワッシーに属する女だということをある人々に分からせる秘密の目印だというのが明らかにされるのは、ずっと後の「ステファン卿」の章になってからである。その後知恵で、上のように敷延した解釈ができるわけだが、最初から読み通してきたときに、この場所でそのことが分かるはずはない。しかも指輪がOに与えられるのは「ロワッシー」の章の最後、Oがロワッシーを出るときのことであり、それがここで出現すること自体が話の流れからして奇妙である。

冒頭のマントの件でも若干の混乱の気配があるのが見えたが、この指輪の件はあきらかな筋書き上の論理的矛盾となっている。ここで問題になっている「目じるし de quoi la faire reconnaître」が指輪でないとしたら、その後何も言及がない不明物体となり、まったく意味をなさない記述となる。指輪であるにしても、持ってきただけで使われも、紹介もされず、ずっと後になってもう一度、まるで初めて出てくるかのように扱われることになり、この場面での記述は冗長である。恐らく、指輪を導入する場所について作者に2つのアイディアがあり、この個所は放棄されたアイディアの痕跡をとどめる、実際には必要のないパッセージだと考えられてならない。


11. Etant donné la manière dont son amant ...
→ 13. Le costume était semblable au leur...




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