Histoire d'O selon Oraclutie

『O嬢の物語』を読む - 「ロワッシーの恋人たち」
第9回, Restaient sur la console ...

鞭の記述に引き続き別の道具立て、舞台背景の記述が行われ、Oがこれから受ける暴虐を、男たちの説明に先立って予感させる。まず、小卓の上に鍵と鋼鉄の鎖。そして図書室の壁の片側に回廊式の張り出し中二階(galerie)。その張り出しを支える二つの柱の1本には男が爪先だちで手をのばしてやっと届くあたりにフックが取り付けてある。

Oは依然として椅子の肘掛けに座り、恋人の腕に抱かれている。彼の一方の手は背中にまわり肩を支え−−澁澤訳、鈴木訳が手を「肩の下」に置く、とするとき物理的にどういう状態を想定しているかあいまいだが、ここのsous ses épaulesは要するにそういうことである−−もう一方は下腹部の窪み(au creux de son ventre)に置かれ、彼女を燃え立たせ、朦朧とさせている。

そんなOに男の一人が説明をはじめる。その長い説明の言葉は、このパラグラフの最後まで間接話法で記述されるているが、これを日本語に訳する際にどう処理するかはは訳者によって立場がわかれる。鈴木訳、長島訳は日本語でも間接話法を維持するのに対し、澁澤訳は直接話法に移行して処理する−−「こんな状態の彼女に向かって、男たちは次のように言い聞かせたのである。すなわち、おれたちはこれからお前の縛られた手をほどくが...」日本語を読んだところでは直接話法がエレガントで、間接話法はそのままでは煩雑になりスマートな訳文を作るにはかなりテクニックがいるので、私も「R***のお気に入り」の欄でこの部分に関係するパッセージの訳を作成した際に最初は澁澤方式で直接話法として処理したが、考え直してやはり間接話法で訳すほうがいいと思うようになった。原文では次のパラグラフで男たちの言葉が完全に直接話法に移り、そのことで話法が移行する文体上の効果が意識されている以上、訳もそれを尊重すべし、という理由からである。

Oに対し男たちはこれから起きることの詳細を説明する。SMの中で被虐者の不安感を煽る方法として、これから起きることに対し一切情報を与えないというのと、逆にこれから加えられる行為を詳細に説明するという2種があるが、その後者である。まず、これから縛られた手をほどくがそれは、すぐにまた合わせた両腕輪を鎖で柱に繋ぐためである。頭の上で繋がれた手以外、身体を動かすことはできるし鞭が襲うのを見ることもできる。鞭打たれるのは、原則として腰(reins)と太腿(cuisses。澁澤訳でこれに「尻」を当てるのは無理がある)、すなわちウエストから膝まで。そしてこの場所は、彼女が車で連れたこられたとき裸に剥かれた部分であると男たちが述べるのは、この鞭打ちの準備がすでに事の発端から行われていたということをOに分からせる効果をもつ。彼女がこの部分が裸の状態に保たされるという事実と、そこが鞭打たれる部分であるということの連想を明示的に心理的に固定された以上、彼女は自分が常に鞭打たれるべき存在としてさらされているということをいつも意識しつづけることになるだろう。男たちは続ける。 4人の男のうちの一人は太腿に乗馬鞭でずっと後まで残る長くて深い見事な縞模様(zébrures)を刻みつけようという気になるだろう。そしてこうした虐待は一度に加えられるのではなく、彼女は叫んだり、もがいたり、涙を流す余裕をたっぷりと与えられることだろう。ついでながら、鞭打ちの縞模様を語義に含む語彙(zébrure : 2. marque de coup de forme allongé - Petit Robert)があるというのを思い出すたびに、フランス語というのはほんとうに素晴らしい言語だと思う(笑)。

男たちの言葉は続く。彼女の苦痛を長引かせるためにいかに鞭がゆっくりとしかも一貫した方法をもって用いられるか、それは彼女のどんな意志に反しても行われるかということを説明して。ここからパラグラフの最後までのパッセージはR***がお気に入りに選んだので、私自身の訳を与えてある : R***のお気に入り--「一息つかせてやることもあるだろう」


8. On lui expliqua qu'il serait toujours ainsi ...
10. Il n'était pas question de l'utiliser...





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