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Sunday 18 September 2005

自由の終る日、始まる日

アメリカ女性の自由は、フランス女性の自由が始まる日に終る。
Aux États-Unis, la femme cesse d'être libre le jour où, en France, elle le devient.

Gustave de Beaumont ギュスタヴ・ド・ボーモン 『Marie ou l'esclavage aux États-Unis. Tableau de moeurs américaines (マリー、あるいは合衆国の奴隷制度 -- アメリカ風俗タブロー)』(1840)の中でみつけたことば。 片方にとって自由の終り、もう一方にとってその始まりの日とは?

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Tuesday 13 September 2005

Omote ノート

ウラに対してオモテともいうべきブログ Blog d'Autel も始めました。成人向けのテーマをいとわない方はこちらのほうもよろしく。

http://www.oraclutie.org/autel/

Saturday 10 September 2005

ura note 新版。ブログ風。

一年があっという間にすぎていく。Oraclutie 本体は R*** にまかせきりだし、ura note も昨年末に復帰を試みるものの、結局今年の1月以来更新しないまま。

体勢を立て直すきっかけに、模様替えをしてみました。そして、世の趨勢に負けてフォーマットをブログ風に。書き込みは上にいくほど最新のものとなります。

参照の煩雑さをさけるため、過去のログもすべて、新フォーマットに移行しました。右コラムの Archives メニューからアクセスできます。また検索も可能になりました。再録にあたって、新フォーマットに適合させるための最小限のテクニカルな変更は加えていますが、内容はもとのままで、リンク切れになっている参照もそのままにしてあります。

従って http://www.oraclutie.org/journalb.php とそこから行けるログはすべて不要になりましたが、移行のためしばらくの間残しておくことにします。ブックマークされている方は変更をよろしくお願いします。

Tuesday 18 January 2005

マンディアルグも「角作り」

オッフェンバックに関連するゴーティエの手紙の「角作り」はまだ確認する機会がないが、思いもかけないところから例を発見。またまた「角作り」が遅すぎる新年挨拶の代りとあいなる。

ピエール・ド・マンディアルグ André Pieyre de Mandiargues の 『オートバイ La Motocyclette』(1963)をひょんなことから手にとって読んでいる最中にこんなくだりに出くわした。第3章の最後あたり。ヒロインのレベッカが愛人のダニエルに会いにオートバイで移動中にフランスからドイツへの国境を越えるところで、税関吏の視線に不安を覚える...

じろりと見るわけではないがぼんやりと自分を包み込む、その真っ青で明るすぎる目の光から、災厄をふりかけられそうな気分を覚えると彼女は、人指し指と小指を伸ばしながら他の指を折り込む例の魔よけの動作で右手をこっそりとフランス領の税関所に向けて突き出した。

Ce regard trop bleu et trop clair, qui l'enveloppa sans jamais se fixer sur elle, elle a le soupçon qu'il pourrait bien jeter le mauvais sort, et vers le poste fraçais elle tend discrètement la main droite en faisant le geste conjuratoire d'écarter l'index et l'auriculaire et de replier les autres doigts.

前の書き込みをするための調査中に、たしかに、青い目を「邪視」の持ち主とされる要素にあげているものがあった。マンディアルグの描くシーン、19世紀のものと具体的動作、語彙などほとんど同じだ。

マンディアルグの『オートバイ』は映画のイメージが強くまじめに原作を読んだことがなかった。ずっと若いころ目を通したときは、評判よりも性的記述が少ないという印象をもったが、今読むとどっこい、かなり濃密だ。歳とともに何が性的記述かということに対する感性が変るせいでもあるだろう。ということで、本筋の内容については Ura Note でなく、Oraclutie本サイトでとり上げたほうがよさそうだ。

Tuesday 7 December 2004

「疫病神」オッフェンバック vs. 「角作り」ゴーティエ

昨日の記事をきっかけに、松本さん、写原とまた連絡が復活し、ご両人から迅速にもそれぞれ自宅ページで温かいコメントをいただく。さて、調査の進展あり。

§問題の整理

「邪視対指合わせ」の話のもともとの発端は、フロベールの『紋切型辞典』にあるオッフェンバックの項の記述

オッフェンバック その名を耳にしたらすぐに、右手の指二本を合わせ、邪な目から身を守るべし。 
Offenbach. Dès qu'on entend son nom, il faut fermer deux doigts de la main droite pour se préserver du mauvais oeil.


問題は、1.指二本を合わせる fermer deux doigts というのは具体的にどういう動作か、ということのほかにも、2. この邪な目が何か、3. なにゆえオッフェンバックがそのような邪な目、邪悪な力を持つ人物とフロベールに形容されるにいたかったなどに及ぶ。

1.については今まさに進行中のなぞ解きで、あとでもう一度戻る。2.は、「邪視」=「その目でにらまれたら、にらまれた者に禍いが起ると信じられていた、恐るべき視力のこと」という澁澤龍彦の解説を松本さんが引用し、基本的にはとりあえずこれで十分である。3.について、松本さんは、これも澁澤によりながら「どうも迷信ぶかいテオフィル・ゴーティエが最初に言い出し、根拠のないままに伝説化したらしい」と手がかりを与える。

§オッフェンバックと邪視

3.をもう少し詳しく確かめるために、オッフェンバックの伝記 Jean-Claude Yon, Jacques Offenbach (Gallimard, 2000)にあたってみる。Portrait de l'artiste (芸術家の横顔)と題する第17章に、同時代の人のオッフェンバック像、その変遷が描かれている。
OraclutieImage
まず、オッフェンバック自身が、自らのオリジナルな外面的スタイルを、営業的な戦略の一環として意識し、常に服装や動作に注意をはらっていたと、著者のYonは指摘する。少しダリを思わせる。そのうち本人が望むところではなかったが、何か人を恐れさせるようなところがある、というイメージが生じ、定着し、死後もますます増幅していく。その過程で『ホフマン物語』の怪しげな雰囲気、その登場人物たちとの連想が役割を果たす。そして彼について「jettatore 災厄をふりかける者」という人物像も生まれている。

というのが大まかな線で、Yonの記述は問題のフロベールの『紋切型辞典』での定義も取り上げ、そしてゴーティエについても触れる。実はここに、先の1.の問題の答えもほぼずばり。ゴーティエのことばをも引く同書のこの部分を引用しよう。

1867年、テオフィル・ゴーティエは『ロビンソン・クルーソー』[同年初演のオッフェンバックのオペラ・コミック--Autel注]についての連載記事を書くことを断ったが、カルロッタ・グリジ Carlotta Grisi [バレリーナ・歌手でゴーティエのかつての恋人、その姉エルネスタはゴーティエの事実上の妻--Autel注]あてへの手紙でそのわけを説明する際、人差し指と小指を突き立てた手を描き、これは「私の慎み深さから名を直接あげることをはばかられるその怪物から」身を守るためで、「カバラのそしてナポリのこのサインによってその怪物の及ぼす厄を祓うのです。」としている。
En 1867, Théophile Gautier refuse d'écrire un feuilleton sur Robinson Crusoé et, s'expliquant sur ce refus dans une lettre à Carlotta Grisi, "il dessine une main ayant l'index et l'auriculaire tendus pour se protéger du "monstre que la pudeur [l']empêche de nommer et dont [il] conjure l'infulence par ce signe cabalistique et napolitain" (p.404)


同書ではこの手紙の出典を、ゴーティエの『全書簡集 Correspondance Générale』第9巻、p.492 と記している。この書簡集の編集が図像にも配慮していれば、問題のイラストも見られるわけで、一挙問題解決となるはずである。が、今日明日に確認するあてはないので、この記述をてがかりにもうちょっとネットで検索してみる。

§角を作る faire les cornes

さてゴーティエの述べたサインに対応する、いくつかの記述がネット上で検索ででてくる。分かりやすい代表的なものは、

- 「ルーンと呪術 Runes et magie」という別の主題で書かれたページだが、このしぐさについて次のように触れる :

邪視よけのために中世で広く持ちいられた「角<つの>つくり faire les cornes」という動作からなるよく知られたサイン(人差し指と小指を立て、他の指は手のひらにほうに握り込む)
un signe bien connu, celui qui consiste à "faire les cornes", très employé au Moyen Age comme défense contre le mauvais oeil (index et auriculaire tendus, alors que les autres doigts sont repliés sur la paume)


- ラジオ・カナダのページ Mauvais oeil et "jetage de sorts"

曲げた中指と薬指のほうへ親指を折り込み、人差し指と小指を突き立てる
pouce replié sur le majeur et l'annulaire pliés, index et auriculaire pointés


- ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』(1910)の中の一節(→ PDFファイル。p.20)

護身の角つくりをするバレリーナの少女たち。人差し指と小指は伸ばし、中指と薬指を手のひらのほうに折り曲げ、それを親指が押える。
les petites danseuses qui ... firent les cornes au Destin avec leur index et leur auriculaire allngés, cependant que le médium et l'annulaire étaient repliés sur la paume et retenus par le pouce.

OraclutieImage
問題の指の形はこれで明らかであろう。この「邪な目(邪視)」をイタリア語で malocchio と呼ぶということで、ここからたどっていくと、malocchio 除けのお守りの写真にぶつかった。1個、3.75$。

§Malocchio, Jettatura

上で引用したラジオ・カナダの Mauvais oeil et "jetage de sorts"では、「邪視 Malocchio」また、オッフェンバックに関して上に語の出てきた 「災厄を振りかける者 jettatore 」をまさにナポリの伝統として詳しく解説する。

「邪視」には意図的なものもあれば、本人が意図せずとも災厄をおよぼすものもあるという。そして邪視によって災厄を投げかけるものをナポリ方言で、jettatura あるいは jettatore と呼ぶ。

この迷信が発展するにつれ、jettatura, jettatore (既成の日本語を流用すれば「疫病神」というところか)と目される人間の特徴がさまざまに選ばれてくる。特定の服装、歩きかた、髪の色、顔の形、しわの具合、病弱体質、ばかにへりくだった態度、等々。これから身を守る方法としてもいろいろな迷信があるが、代表的なものが指による「角作り」ということで、これは上ですでに説明した。

誰の目からかしらないが、オッフェンバックはこの jettatore のタイプにあるときぴったりはまってしまったらしい。

この迷信はイタリア、ナポリではまだすたれていないようで、このラジオ・カナダのページはナポリ出身の30年前のイタリア大統領のエピソードを紹介する。また英語のページThe Evil Eye ("Malocchio")では、「邪視」の迷信が今の生活の中でどのように生きているかについて、一般のイタリア人の目からみた記述がある。

このイタリアの邪視、疫病神は、19世紀に中頃にフランスの文学者の興味を引いたようだ。ラジオ・カナダのページは、デュマ(父)と、そしていみじくもゴーティエがこれを詳しくとりあげている例をあげる。ただし、このページで紹介されているリンクは違っているので、訂正しながら以下にあげる(いずれもナポリが舞台である)。

- Alexandre Dumas,Le Corricolo (Chapitre XV La jettatura), 1843
- Théophile Gautier, Jettatura, 1856

§fermer deux doigts

最後にことばの問題に戻る。

フロベールの『紋切型辞典』のフレーズ fermer deux doigts を、ゴーティエの書簡その他で具体的な指の形が明らかになるまで、「2本の指を合わせる」という暫定訳で済ましてきた。が、実際の形は「2本の指を立てる」である。この fermer を、指を立てる動作として解釈していいだろうか?これには無理がある。ではフロベールの言う fermer deux doigts は、ゴーティエの「角作り(指立て)」と別の動作を想定しているのか?結論を先にいうと、これはまさしく同じものである。

昨日の記事で、fermer les doigts といえば、指を折り込んでこぶしを握ることだと書いた。この「角つくり」で「閉じる fermer」ことになる2本の指とは、実は中指と薬指である。この2本の指 deux doigts を手のひらのほうに折り曲げ fermer、そして親指 pouce は適当にどこかに添える。親指は立っていても「角立て」の基本型はとりたててくずれないし、人差し指の根元に置くもよし、上の解説にあるように、折り曲げた2本の指の押えにつかってもよし。つまり「fermer deux doigts」は「2本指合わせ」でもなければ「2本指立て」でもなく実は、「2本指折り」なのである。ただし、これでは、なかなかイメージしにくい。最終的な形を重んじて「2本の指(人差し指と小指)を立てる」と訳すのは、訳者の裁量範囲だろう。

§まだまだ残る問題

-古代にに遡るであろうと思われるこの邪視、疫病神の迷信(デュマによればローマでfascinum、ギリシアで alexiana)の起源。
-ナポリや19世紀のパリという局地的な現象から離れて、中世ヨーロッパにおける伝承はいかに(これについてもデュマがてがかりを与える)。
-魔よけとしての角作りの意味。

これらはやはり民俗学の「大海」の領域だが、19世紀文学・文化史に話をしぼっても

-フランスでのこの迷信の輸入のルート。迷信普及におけるゴーティエの役割。
-ゴーティエはなぜ特にオッフェンバックを jettatore として忌み嫌ったか。迷信云々以前に、個人史上の確執があるのか。
-ゴーティエは角つくりのサインをカバラの伝統にもよるとしているが、その根拠は。

などなどと問題は広がるばかり。

とりあえず、私のほうでは、上のデュマやゴーティエの Jettatura を読んだり、早い機会に、ゴーティエの書簡を確かめたり、オッフェンバックの伝記をもう少しちゃんと読むくらいを当面の宿題にしたい。

§追記

1 (8 Dec.).ゴーティエの Jettatura に問題のサインの記述あり。

彼女は男に対して[...]その手の小指と人差し指を向けた。一方、手のひらの下に折り曲げた他の2つの指は親指といっしょになり、カバラのサインをつくるような格好になった。
elle dirigeait contre lui [...] le petit doigt et l'index de sa main, tandis que les deux autres doigts, repliés sous la paume, se joignaient au pouce comme pour former un signe cabalistique.

Monday 6 December 2004

croiser les doigts...

前回の書き込みが1月だから、あわや1年になるところ。その間にたまった主題をえりすぐって...といきたいところだが、なんだか構えてしまうので、何事もなかったように「身近な」話題からそろそろと。

松本さんの日記「発見記録」での、邪視の災難をふりはらうための「右手の指二本を合わせる」動作への言及があり、この "fermer deux doigts" のしぐさが具体的にいかなるものかということで、写原さんの「新・捜査員の手帳BBS」も参加して調査が進行中。一枚加えさせていただくことにする。

思ったより単純な問題ではなようだ。"fermer deux doigts" という表現自体が珍しく、検索をかけても、松本さんの最初の出典のフロベールの「紋切型辞典」にもどってきてしまう。fermer les doigts という表現はあるが、これは、 こぶしをにぎることに対応している。

魔除け・縁起かつぎのための「指二本を合わせる」というのを聞いたときに真っ先に浮かぶフランス語の表現は、croiser les doigts で、これは、人指し指の上に中指を重ねる動作。これについては写原さんのところで話題になり、松本さんがさらに画像へのリンクつきでまとめている。

実はこの croiser les doigts という表現(動作)、フランス語のうえではちょっと問題含みで、フランス語にうるさい人間の間でしばしば話題になる。端的に言うと、これはもとからあるフランス語の表現ではなく、英語のkeep one's fingers crossed を直訳して近年入ってきた表現 anglicisme であり、これに対応する正しいフランス語の表現、フランス人の習慣は toucher du bois (木に触る)というものではないかとの指摘がよくある。この話を初めて読んだのは、フランス語の話題を扱うニューズグループ fr.lettres.langue.francaise だが、検索してみると、ここのフォーラムで何度か話題になっている。→ Google ニューズグループ検索(キーワード "croiser les dogits", anglicisme)

この中の書き込みの一つ(2003年11月1日)は、「自分のプチ・ロベールには "croiser les doigts" の表現は "toucher du bois"に参照送りになっている」と言う。私の手元のプチ・ロベール(1991年版...そろそろ買い替えなきゃだめだなあ)では doigt の見出しのもとにこの表現は収録されてなく、croiser のところに、「(英語から)Croiser les doigts : poser le majeur sur l'index pour conjurer le sort 魔除けのため中指を人差し指の上にのせること」となっている。Défense de la langue fraçaise という団体の発行する機関紙の中(No 194 1999年--PDFファイル)では croiser les dogits という表現のでもとを探ししていくと結局英語の辞書にしかいきつかないという。

そこで手元の Robert-Collins の「英仏・仏英辞典」(第2版 1987年)の finger の項で、keep one's fingers crossed を見ると dire une petite prière (ちょっとしたお祈りをする)という訳が与えられ、Keep your fingers crossed.という文を Dis une petite prière !, Touchons du bois! と訳す。ここで croiser les doigts というフランス語がないところを見ると、この辞典の編集者には、この直訳では通じないという意識があったことになる。この表現が最近までフランス語にはなかったという証拠はこのへんで十分だろう。

が、実際には croiser les doigts という表現は今ではテレビのニュースなどでもしばしば耳にする。今やほとんどのフランス人になじんでいる表現だろう。そしてこれが英語から輸入された表現だというのも意識されなくなる過程にあるように思われる。フランス語の純正さにある程度意識的な人が折りに触れて注意を喚起するのもそうした同化のフェーズにあるからこそだと思われる。しかし確かにあらためて言われてみれば、田舎のおじいさんやおばあさんが使う表現ではないように思う。そして一般的に日常的な口語表現としてはちょっとこなれない感じもする。最近銀行で生命保険の契約を勧誘された際、応対してくれた女性の係員が、「何かあったときのために」と言ったあとに、「もちろんそんなことが起こらないに越したことはないけど」とあわててつけ加え "On touche du bois"といいながら、デスクの端を向こうがわで握っていたことを思い出した。このとき On croise les dogits. と言って、指合わせをしたらやはりちょっと場違いな感じがしたろう。

いままだ過渡期なので、このように、辞書などの文献的証拠、人々の注意の喚起をたやすく目にし、日常的な言語表現の中で定着しきれていなような意識もどこかにのこっているが感じられるが、このまま20年もたつと、完全にフランス語に同化して英語起源の跡も歴史的なものになってしまうのかもしれない。日本語の「目からうろこ」のように。このように、英語のイディオムを直訳輸入しフランス語になっているものは他にも jeter le bébé avec l'eau du bain (=throw the baby out with the bath water 角を矯めて牛を殺す) , la cerise sur le gâteau (= the cherry on the cake いいもののだめ押し)などがある。

croiser と体の器官を使った表現で逆に、フランス語特有の表現で英語に直訳で対応するのがないのが、se croiser les bras あるいは rester les bras croisés 。先のコリンズの辞書でみると to sit idly by という訳がついている。日本語の「腕を拱く」の発想がむしろフランス語のこの表現にもろに対応する。

ことばの問題から、例の指を合わせる動作に話をもどせば、2本の指合わせには、松本さんのところで明らかになったように、2つの基本型があることになる。人差し指に中指を重ねるほうが、表現としては英語からの輸入であり、現在ではフランス全域で馴染みの薄いものであったとしても、これが19世紀にフランスのある場所で行われていなかったと即断することはできない。東西のジンクスを集めた荒俣宏著「ジンクス 恋愛・結婚編」(角川文庫、1988)では、「魔よけの指サイン」としてイラスト付きで2つのものを並列し、次のように説明する。
OraclutieImage
魔よけの指サイン1 人差し指と中指をからめる。日本語でいう『エンガチョ』の形。アメリカ、メキシコ、フランスなどで有効。一説にはこれで十字形をあらわすという。

魔よけの指サイン2 こぶしから親指の先をのぞかせる。一見ひわいなサインだが、ヨーロッパの一部や中南米、南アフリカなどで広くつかわれる魔よけのしるし。

この本はとにかく数を集めて紹介することを目的とした一般読者向けのもので、残念ながらこれ以上の説明はない。

こうしたサインに呪力があると考えられる理由などについて、第2のものについては、松本さんが若干触れており、また keep one's fingers crossed の意味について英語のサイト、文献などにそれなりの説明があるが、私のほうでは、今はまだ、この民俗学の大海に乗り出していく勇気がないので、ひとまず「ことば」のレベルの話にとどめておきたい。

Monday 5 January 2004

Evariste Parny - Billet

今年はじめて試したフランス詩華選のおみくじの結果はエヴァリスト・パルニー Evariste Parny (1753-1814)の Billet なる詩。戯れに訳を試みる。

「表」サイトの「夜めくり記」に載せたが、Ura Noteに来る方であちらのほうへは行きにくい向きもいらっしゃると思うので、こちらでも少し紹介。後で見直して手を入れることになるかもしれないが、とりあえず現在のところの訳稿をオリジナルに添えて。

Évariste Parny
Billet

Apprenez, ma belle,
Qu'à minuit sonnant,
Une main fidèle,
Une main d'amant,
Ira doucement,
Se glissant dans l'ombre,
Tourner les verrous
Qui dès la nuit sombre,
Sont tirés sur vous.
Apprenez encore
Qu'un amant abhorre
Tout voile jaloux.
Pour être plus tendre,
Soyez sans atours,
Et songez à prendre
L'habit des Amours.


エヴァリスト・パルニー
恋人のメモ

おぼえておいて、
0時が鳴ると
なつかしい手が
恋人の手が
ひっそりと来て
闇を探って、
夜更けにお前が
緩めてあった
かんぬきを解く。
おぼえて欲しい、
恋するものは
ヴェールを嫌う。
すべてをほどき
可愛くおなり
おまえに似合う
愛の衣で。


5音節の詩行が続く形になっていて、口ずさんでいると童謡のようでもある。5音節の詩行は古典にはめずらしいと思って、韻律について書かれたページを見てみたが、特にフランス詩の用語としては呼び名もないらしい。強いて呼べば pentamètre ということになるが。cinq syllabes, pentasyllabe などで検索すると俳句の解説ばかりが出てくる。もともと奇数音節の詩は少なく、5音節、7音節は特殊な効果を狙うとき(ヴェルレーヌなど)という解説も。日本語の訳ではさすがに5音節では厳しい。口語だと7音節でも私の腕では情報量を落とすはめになった。




l'habit des Amours

夜通ってくる恋人のために閂をはずしておくというのは、和歌や民謡にもあるように、東西に共通する主題だが、錠のタイプが違うので正確に訳すのは困難だ。字数あわせもあり曖昧な語でごまかすはめになる。上の詩の場合は実物は、かんぬき状のロックになっている差し錠(verrou)で、ピンのようなものを押し込んでおく(pousser/mettre)とロック、引く(tirer)と解除、開けるときはノブのようなものを回して(touner)開けるというタイプのものということになる。複数になっているが、用心深いことだ。

題名のBilletは通知、簡単なメモなどを記した短い手紙のことだが、使いの者に持たせて予告したのだろうか、あるいは昼間、通常の社交の場で会っているときにそっと握らせたものだろうか。

"sans atours"の atour は衣服、装飾品など身につけるものをひっくるめて指すが、こんなような文学作品くらいでしかお目にかからない。

"l'habit des Amours" の Amoursは大文字になっているから、愛の神、キューピッド、ギリシア神話のエロスを指す。だから本当は上のように「愛の衣」などと訳すと、「『O嬢の物語』を読む」でやっているように意地悪な眼で見ると、無教養と言われかねない。「エロスの衣裳」などとやれば少しは学がある風にはなるが、結局なんだかよく分からない。キューピッドの絵画表現を見てわかるように "l'habit des Amours" は、"sans atours"と同じことである。そんな面倒なことを盛り込まなければいけないなら、遊びの訳だから、いっそのことamourの「愛」という概念だけは残しておこうと字面訳。原文にない文句もちょっと密輸入。そんな乱暴なことはできない専門家の悩みを想像すると同情したくなる。



on Mon 26 Jan 2004 by 写原祐二
Subject: Comment to 閂

ご報告と感謝を兼ねましておそるおそる書込みさせていただきます。

まず無事にベルト・モリゾを全巻UPいたしました。本当に圧巻でした。ちょうど東京でマルモッタン・モネ・モリゾ展が開かれていて、参考になる方もいらしゃるでしょう。ありがとうございました。

僕は詩のほうもからきし駄目ですが、「閂」ときいて昔ルーヴルで見た確かフラゴナールの絵で、青年が恋人の部屋に入り込んで戸口を締め切ってしまう瞬間のシーンを思い出しました。あの絵の女性があわてている様子なのですが、恐がっているのか、喜んでいるのか、不思議な表情なのが気になったままです。



on Mon 26 Jan 2004 by かぐら川   Web Site
Subject: ベルト・モリゾ

ごぶさたしています。

写原さんがご紹介いただいたベルト・モリゾの記事というのは↓ですね。
http://members.at.infoseek.co.jp/yuutsu/morisot/morisot-0.html
とても、パソコンの画面上では読みきれませんので、プリントアウトしてゆっくり読ませていただきたいと思います。

そして展覧会というのは、
[パリ マルモッタン美術館展]
モネとモリゾ 日本初公開ルアール・コレクション
The Marmottan Monet Museum Exhibition Japan 2004
2004年1月27日(火)~3月28日(日)
・ 東京都美術館
ですね。

来月、東京に行く折には、寄ってみたいと思いますが、先に[ヨハネス・イッテン ―造形芸術への道]が、東京国立近代美術館を予定にいれたので、この二つの展覧会を日を接して見るのは、「かなり!重い」・・・と、うれしく?悩んでいます。


on Fri 30 Jan 2004 by Autel
Subject: ちょっとさぼっている間に

書き込みをいただいて写原さん、かぐら川さんありがとうございます。

・写原さん

アーカイブ化の件ではお手数かけました。名探偵改め名編集長の手でタイトルやらリンクやらも追加されてずいぶん読みやすくなりました。

フラゴナールの「閂」、実は上の詩の記事を書いているうちに、これについて面白い論を読んだことがあるのを思い出したので次のネタにしようと思っていました。が、途中で別に書きたいことが出てきてそちらを優先しようと思っているうちに、こちらがまた書きかけのまま、ちょっと忙殺モードに入ってしまい、どちらも未アップになってしまっています。近々アップするつもりではいるので、懲りずにまた遊びにきてください。

・かぐら川さん

モリゾの件についてはこのura noteで書くタイミングがなくてそのままになっていたのですが、わざわざ紹介の労をとってくださってありがとうございます。文がえらく乱れているのでちょっと恥ずかしいのですが、興味を持っていただけければ幸です。

「めぐりあうことばたち」はほぼ毎日拝見しています。きまぐれな私のura noteと対極に毎日書き続けておられるその意志の強さにはいつも頭が下がります。


Wednesday 31 December 2003

大つごもり

何年かに1回、大みそかに思い出すのが樋口一葉の『大つごもり』(1894)。年越しの浮かれた気分の中で、遠い時代のコントとしてふと思いだすこともあれば、数字とにらめっこしながらわがことのようにまさに身につまされる思いで読み返すこともある。

20代の初めに彼女の文章にぞっこんになったことがある。以来何度読んでも思いをあらたにする。しかし私の世代には(「にも」というべきか)かなりの努力なしに読めるものではない。当時の風俗にかかわる語彙に関してはもちろんこと、文法、文体的にも自明でないことが多い。たかだか百年少し前の日本語なのに、新聞や普通の現代読み物の読者相当程度の私のフランス語力で読む3世紀半前のパスカルより違和感があるのを思うとき、日本人が過去の文学伝統を、受け継ぐとまでたいそうなことは言わないが、娯楽として享受するときのハードルの高さをいやというほど思い知らされる。

一葉を初めて読んだとき、会話文が地の文になんの区切りもなく埋め込まれ、なめらかに、あるいはぐいぐいと叙述が展開していくそのスピード感に驚いた。とくに『にごりえ』の冒頭は新鮮だった。今から考えてみれば、一葉に限らず、日本文学の伝統の一つの要素なのだろうが、無知だったから、一葉に新鮮な驚きとともに出会え、結局得したことになる。ナボコフが『失われた時を求めて』のプルーストの文章の新しさについて、描写の地の文と会話文がひとつに溶け合って統一を見出しているという点をあげているのを読んだとき、すでに日本文学では皆それで楽しんでいたのだぞ、とニンマリしながら思ったものである(「『O嬢の物語』で読む」でときどき触れているが、『O嬢の物語』にもその要素がある)。

一葉の文がどんなフランス語になるのか気になって、仏訳があるかどうか調べたら、"Qui est le plus grand ?" という作品だけが出ていることがわかった。『たけくらべ』という日本語が思い浮かぶまで何秒かかかった。『大つごもり』、『にごりえ』などは未訳のようだ。フランス語になると『大つごもり』はモーパッサンのコントのようにな雰囲気になるのだろうか。

『大つごもり』 (青空文庫 No. 388)を今読み返して、最後のクライマックスの結び部分、落ちとなる数行の結尾の前の、「奥の間へ行く心は屠所の羊なり」という句が気になった。語彙といい概念といい、日本的ではない。この部分だけ浮き立って西洋語くさい。"Comme un agneau conduit à l'abbatoire"というフランス語が思い浮かんだので、検索すると、旧約聖書「イザヤ書」第53章、第7節が出典とわかった。日本語の聖書とだと、「屠(ほふ)り場に引かれる子羊のように」(新共同訳)、「屠場(ほふりば)に引かるる羔羊(こひつじ)の如く」(聖書教会文語訳、旧新約聖書)となっている...云々

と書いて一旦送信したあとで、「屠所の羊」でもういちど検索してみたら、この句は、『源平盛衰記』にも出てきており、仏典に出典がある有名な文句らしいことがわかった。『大つごもり』の展開の文脈でいうと、聖書でこの句の後につづく「捕えられ、裁きを受けて、彼は命をとられた」という表現が、一葉の頭にはあったろう、とまで推測したのになあ...

残念。やはり自分が無知の分野は鬼門だ。羊を屠るということについてのたとえというのが、どうしても日本人の生活習慣とぴったりこないので、日本語の伝統的表現ではないと思い込んだのが間違いのもとで、恥をかきながら一年を締めくくることとあいなった。

時差の関係で日本はもう大つごもりも残すところあと数時間。まさに羊は屠られて猿に席を譲ろうとしている。皆様、よいお年を。来年もまたよろしく。




on Thu 01 Jan 2004 by かぐら川   Web Site
Subject: ちょっとだけ、おじゃま

Autelさま、旧年中は、お世話になりました。
このページ、書き込みができるとは思ってもみなかったので、今までread-onlyでした(これからも、そうでしょうけれど)…。

「屠所の羊」。そうでしたか、まったく気にもとめていませんでした。
『西行物語』にも、出てくるようですね。出典の仏典名など、おわかりでしたら向学(好学!・広学?)のために教えてくださいませ。


on Fri 02 Jan 2004(CET)by Autel
Subject: 明けましておめでとうございます

かぐら川さん、明けましておめでとうございます。このノート、コメントがなかなかもらえないなあ、と思っていたら、かぐら川さんからの第一号をお正月そうそういただき、うれしい新年のお年玉になりました。Read Onlyなどとおっしゃらずに、これからもどうぞ気軽に書き込んでください。今回の件で危惧しているように、一人よがりになるとどうもいけません。

「屠所の羊(屠所之羊)」ですが、ネットで検索してみると、普通の熟語として使っている方々もいらっしゃるところをみると、かなり知られた成句のようですね。検索していると四字熟語を集めたサイト
http://www57.tok2.com/home/kenokun/yoji_to.html
で出典を『摩訶摩耶経』としているのが見つかりました。

実はネットに頼らなくても、手元の辞書を引くと、
『広辞苑』--出典・用例 「摩訶摩耶経」「平治物語」
藤堂明保編『学研 漢和辞典』--出典 「涅槃経」
など、ちゃんとわかるようになっていました。

師匠なんてものは私にはいませんが、もしそういう人がいれば、「ばかもの」と一喝されそうなポカでした。勘やネット検索に頼らずにまず基本的なレファレンスをひくべし、という年頭の自戒になります。

王朝文学でも「羊の歩み」というだけで「屠所の羊」を喚起させる約束ごとになっているようですね。短歌にも用いられるようですし。俳句でも使われるのでしょうか。経典中でどういう文脈で出てくるか確認できませんが、これとは別に古代中国では羊は犠牲用の獣だったので同じような概念はあったのかもしれません。いずれにせよ、西洋からの翻訳借用というのはとんだ勘違いでした。が、時代は千年以上遡るにせよ、日本の生活習慣に照応する現実をもたないまま、大陸から入ってきた表現で、それゆえ逆に想像力を刺激するインパクトの強い成句となっているのかとも思っています。

また「屠所の羊」での検索では、E.S.ガードナー(A.A.フェア)の小説 Lamb to the Slaughter(1939) の邦訳タイトルとしてたくさん出てきます。この小説でこの表現を知った人もいるのでしょうから、「屠所の羊」の語のイメージには、現在、私が勘違いしたような聖書起源と、古典に馴染んでいる方にとっての仏典起源が混在しているのかもしれません。

こういうときに喉から手がでるほど欲しいのは、南方熊楠の『十二支考』で、たぶんこの件に関して、東西の共通点に触れるなんらかの言及があるのではないかと想像しています。日本で持っていた南方の選集を置いてきてしまったのをたびたび悔やみます。

本年もよろしくお願いします。


Monday 29 December 2003

Florilège de la poésie française - le paresseux

そういば、外務大臣が詩人のせいか、それともずっと以前からそうなのか知らないが、フランス外務省のサイトが提供している、Florilège de la poésie française フランス詩華選はよくできている。

フランス詩のサイトといえば、仏文学関連リンク集に入れてあるWebnet Poésie françaiseが6000篇以上を収録していて便利だが、こちらのほうは365篇に限定(一日一篇読みましょうということだろうか?)してある文字どおりの選集である。ただし著作権の関係で死後70年を経過した詩人に限られている。第一次大戦前までのフランス詩の概観になる、とはサイト自身の説明。時代別、地理別、テーマ別、詩形別などいろいろな検索もでき、一つの詩から、何かが共通する別の詩へ飛ぶこともできて便利。来年の1月1日から一日一篇読んでみようか、とも思うが三日坊主になりそうな予感。

Webnet Poésie française と同じく詩のランダム選択ができ、これは一日を占うおみくじがわりに使えるので、今やってみたら、出てきたのはなんと、「怠け者 Le paresseux」と題する詩。作者のマルク・アントワーヌ・ド・サンタマン(Marc-Antoine de Saint-Amant 1594-1661)は名前だけかすかに聞いたことがあるくらいで、その詩は今はじめて目にする。ソネットで、冒頭部分はこんな感じ。

Accablé de paresse et de mélancolie,
Je rêve dans un lit où je suis fagoté,
Comme un lièvre sans os qui dort dans un pâté,
Ou comme un Don Quichotte en sa morne folie.

ものぐさとユウウツにのしかかられて
寝床の中で着のみ着のまま夢をみる
骨を抜かれパテになって眠るうさぎか
陰鬱な狂気に沈むドンキホーテのように


朝からなんとも縁起のいいことだ。三日坊主の予感もまさに正しい。

Saturday 27 December 2003

Eloge des voleurs de feu

外交官のレトリックという話になると、現職のフランスの外務大臣ドミニク・ド・ヴィルパン Dominique de Villepin のことを思い出さずにはいられない。

今月のはじめに彼の演説・インタヴューを集めた『Un autre monde もう一つの世界』(L'Herne, 2003)という本が出て、イラク戦争をめぐる外交戦のさなかのこの人の発言が一冊にまとまって読めるようになった。政治上の議論には立ち入らないが、国連の安保理の演説を聞いたときも、改めて活字で読んでもはっきり感じるのは、この人の文は、美文調の見本のようでありながら、空虚に響くことを避けさせる生き生きしたリズムを持っている。Un autre monde にはアメリカの政治学者スタンレー・ホフマン Stanley Hoffmannが序文を寄せ、この外交官の駆使するレトリックがレアルポリティークと理想主義の両方に支えられていることを指摘している。

ド・ヴィルパンが今年の5月に出版したもう一冊の本 Eloge des voleurs de feu (Gallimard, 2003)(『火盗人讃歌』と訳そうか)は別の意味で話題となった。ガリマールのNRFシリーズから出たこの800ページ以上の大著は丸々「詩」に捧げられている。書名中の voleur de feu 火盗人はもちろんプロメテウスのことだが、ランボーの「詩人はまさに火盗人なのです」ということば(ポール・ドムニー Paul Demeny 宛ての1871年5月15日付の手紙)に由来している。

書中、中世から現代の詩人まで、そしてフランス語圏だけでなく他の言語の詩人も縦横に引用される。リュトブフ、ヴィヨン、ロンサール、ルイズ・ラベー、シェニエ、ラマルティーヌ、ミュッセ、ユーゴー、レオパルディンヌ、ボードレール、ネルヴァル、ヴェルレーヌ、ランボー、サンドラルス、アポリネール、サン・ジョン・ペルス、エリュアール、アラゴン、デスノス、マックス・ジャコブ、ジャン・グロジャン、ルネ・シャールという名前が同じページに並ぶ。が、一読して伝わってくるのは、衒学ではなくそれぞれの作品への愛着だ。概説でも、通常の意味の評論でも、厳密な分析でもない。個人的な深い体験、時には痛切さを忍ばせる体験に基づいた、文字どおり詩への、詩人=火盗人への「讃歌」である。全部で10の章に分かれ、それぞれがさらに題名を持った小さい節に分かれ、読み進むうちに、われわれは、詩人が、最初の叫びを発し、孤高の道に踏み出し、ことばの決まりを破壊しながら、不条理な世界の中を、ことばという火だけをたよりに、さ迷い、旅するさまに、豊富な詩の引用とともにつきあわされることになる。どんな感じか、少しだけ翻訳して引用してみる。第5章「Alchimie du verbe ことばの錬金術 」、第5節「 Le réenchantement du monde 世界の再魔術化」の冒頭。

ことばでこの世を肉づけようとして、火盗人は、自らの運命がそこで成就する「言語のざわめき bruissement de la langue (R.バルト)」に自らを委ねる。詩創作の最も古いメタファーは旅、出発、彷徨である。酔いどれ船、シベリア横断鉄道、アナバシス。詩は碇を巻き上げる。転覆、ゆすぶり、鋳造、変容、精妙なあるいは粗暴なイメージ化。そうやって語に酔うことがあくまで本質であり、詩は、それが声に出して語られていた幼少期、声と歌のあらゆる可能性を利用しつくそうとしていたその時期を忘れることはない。ことばはこの世界の起源であり、その誕生の紺碧に澄んだ日以来そこで自らが育ったが、詩人はその語りのことばに息吹を与える。リリシズムは、自己演出の手段になる以前は、詩人にとりついた感情や感覚を喚起しようとするもの、詩人をゆりかごのように包む、その耳につきまとう旋律を再現しようとするものだった。それは、詩人だけが和声の規則を知る独特の音楽である。

特定の音色を強調することで満足するにせよ、新しい語を作りだすところまで至るにせよ、詩は楽譜のように展開される。が、原初のリズムを取り戻そうとして、詩人はすべての論理的整序を、音楽的規則を斥ける。不協和音に、音を切り裂くことに、リズムを崩すことに向かう。混沌とした未知の動きが彼の言語=舌を駆けぬけ、不意の身震いやおののき--エネルギーと生の兆候--で彼を活気づける。「最初にリズムがあり、リズムは肉体となった Au commencement était le rythme, et le rythme s'est fait chair (B.サンドラルス)」 。呼吸の運動と胸の鼓動ははその詩法のメトロノームだ。それは最も抽象的なことばにも魂と肉体を与える。詩人は、語の原初の荒々しい力を取り戻し、言語の難破に抵抗するため、大地と空から力を汲み出す。生をくまなく探りながら、彼は、存在の豊かさと世界の多様さを可能にしている、多元性、同時性、弾力性を陶酔のきわまで復元しようとする。なぜなら「すべては色-運動-爆発-光である tout est couleur mouvement explostion lumière(B.サンドラルス)」からだ...(pp.361-362)


文中で()内に省略して埋めた注は、実は原文では脚注になっていて詳細な出典指示がある。また他にある脚注部も省略してある。注はないが「酔いどれ船」はもちろんランボーから、そして「シベリア横断鉄道」はサンドラルスから、「アナバシス」はサン・ジョン・ペルスからだ。

学術的に上手に整理されているとはいえず、ル・モンドの書評(2003年5月30日付け)にもその辺がはっきり指摘してあったが、展開に行きつ戻りつ、迷いつが多い。が、著者自身の大づかみな問題意識にそっての流れがある。それ自身が散文詩であるかのようなことばの饗宴に身をまかせ、次々と引用される詩(上の引用ではそうした部分は紹介できなかったが)を味わっていくうちに、著者がある種の痛みや怒りとともに痛切に感じている詩の喜びを、われわれも分かち合うことができる。フランス語を読める者だけにこれの体験が限定されるのは惜しい。大著ではあるが、誰か訳してくれないものか。