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MSG 1 - 29 (08 Feb - 20 April, 2003)

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MSG: 1 on Sat 08 Feb 2003 07h48(JST) by R***   E-mail   Web Site
Subject: こんにちは

Oraclutieの掲示板へようこそ。
遊びにいらした方は、どなたでも、ご自由に書き込んでくださいね。




MSG: 2 on Wed 19 Feb 2003 07h56(JST) by R***   E-mail   Web Site
Subject: こんばんは
この10日の間に世界中からたくさんのアクセスがあります。
とても嬉しいです。でもBBSへの書き込みは少ないですね・・・
もっとも私もよそさまにお邪魔しても、足跡をのこす勇気がないのです(ここに書くのも勇気がいりますので)。
今夜はテレビで「ガタカ」を放映しています。とても美しい映画です。そしてすこし哀しい映画です・・・・



MSG: 3 on Fri 07 Mar 2003 09h10(JST) by R***
Subject: Vous me manquez

昨日からAutel様が倒れているので心配です。
お逢いできないのはとても寂しいです。。。。
でもサイトにたくさんの人が訪れてくださって、心強いです。
寝て起きた時のカウンターの増え方に、驚かされる今日この頃なのです。

bonne nuit!



MSG: 4 on Sat 22 Mar 2003 14h59(JST) by よしのとしひこ
Subject: ポーラン「暴力についての神秘な平衡作用」

こんにちは。
 こちらの「随想・雑纂」欄を読みました。
 テレビのニュースを通じてしか知りませんが、いま、アメリカ軍によって、バグダッドへの恐ろしい爆撃がなされています。アメリカ政府は、「イラクの国民を「自由」にするため」と強弁しています、あたかも過度な優しさであるかのように偽って。
「自由」を与える! 圧制下にあるイラクの国民を解放する! なんという欺瞞かと思います。
 それにしても「自由」とは、いったい何でしょうか。
 自由であるためには――、生きた人間であることの自由を、いわば取り戻すためには、私たちには、暴力・荒々しさが欠けているのでしょうか。「神秘な平衡作用」によって、巨大な暴力が「自由」の名前を騙って、炸裂しているのでしょうか。
 ポーランのあの序文を読み返しているところです。(2003年3月20日)



MSG: 5 on Sat 22 Mar 2003 16h21(JST) by よしのとしひこ
Subject: 先程の日付を訂正します

ごめんなさい!
 先程書き込みました者です。ボケていました。文末の日付は、誤りです(自分の暦が、全くもって「不自由」でした……)。(3月22日)が正しいです。失礼致しました。


MSG: 6 on Sun 23 Mar 2003 2h14(CET) by R***
Subject: Re: ポーラン「暴力についての神秘な平衡作用」

よしのとしひこ様、ご意見ありがとうございます。
ちゃんとしたレスはAutel様の方からあると思いますが、とりあえず私にとっての「自由」とは。

子どもの頃から「自由」に憧れていた。
先生や親から「○○をしてはいけません」と云われる度に、何でも自分の判断で行動できる「大人」に早くなりたかった。
でも「大人」になって気がついた。自由にしてもいいいと云われると、かえって何もできない自分がいることに。所詮はカゴの中の鳥なのか。
そして、自分の自由意志でもって、他人の意志に身をまかせるということは、この上ない歓びだということを知る日が来た。。。



MSG: 7 on Mon 24 Mar 2003 01h42(CET) by Autel
Subject: Re: ポーラン「暴力についての神秘な平衡作用」

よしのとしひこさん、書き込みありがとうございます。
誰も読まないかも知れないと思いながらも、書かずにはいられない気持ちで書いたページに、こんなヴィヴィッドな反応をいただいてうれしい驚ききです。
私も「ちゃんとした」お返事ができるわけではありません (>R***)が、私なりに少しばかり考えているところを。
このサイトの全体的なテーマに即していうと、いわゆる「SM」というものを十全に生きるためには、関わりあう両者の意志の自由、日常生活における自由が絶対の条件であるということを信条としている私(たち)にとって「自由」は第一に尊いものです。「自由」が大事にされるよう社会生活の上でもほんの少しだけでも努力する用意もある。が、「自由」は、抽象的で大げさな概念の常、言葉としてどうにでも利用できる、始末に負えない、警戒すべきものでもある。そして今、少し確信に近いものがあるとすれば、「善か悪か」「白か黒か」のような単純な二元論は究極のところ「自由」に敵対することになるものだと考えています。その意味では単純な手ばなしの「自由」賛歌もその危険を免れていない。
ポーランの序文ですが、自由をかけがえなく愛し自由の問題で苦難を舐めた彼が、人間の自由の問題をあまりに単純に扱い過ぎ、そのままでは人間の精神、芸術に豊かなものをもたらさないと彼に見えた当時流行の実存主義を(半ば本気で)からかっているのは確かです。「『O嬢の物語』を読む」の「序文」版を書いていきながら私ももっと掘り下げたいと思っている−−それに翻訳の上でもかなり虐待されているのでこれもただしたい−−のですが、本編のほうを進めるのにもなかなか時間のやりくり上の「自由」がないまま、ずるずると先のばしにしている状態です。

このサイトにゆっくりとつきあっていただければ幸いです。



MSG: 8 on Mon 24 Mar 2003 03h34(CET) by Autel
Subject: Bring Back Monica Lewinsky

22日の『ル・モンド』一面にある世界こぼれ話的コーナーで思わず目を引くものを見た。
Bring Back Monica Lewinsky

車のバンパーにはるステッカーで、今米国でひそかに流行っているという(米国にいて目にしているわけではないので確かめようがないが)。発案者がフィリップ・ロス Philip Roth(そういえば話題になった彼の近作の The Human Stain は未邦訳のようだが。映画のニコール・キッドマン、アンソニー・ホプキンスのコンビというのは興味をそそる)。

いろいろなニュアンスで解釈できる意味深のコピーだが、確かに、あんなことで国家の終わりのように大騒ぎしていた5年前がほんとうに懐かしいという気持ちは米国民でなくても十分すぎるほどわかる。テキストだけだが記事はネット上でも



MSG: 9 on Mon 31 Mar 2003 01h15(CET) by Autel
Subject: 美女の乳房の間にかけられた真珠の首飾り

「世は移り、残るはただその名のみ。いにしえの繁栄も、一たび災厄の目がその上に注がれてこのかたは、かき消えた足跡、うすれ去った幻にも等しいものとなった。目を惹き、足をとどめしめるほどの美しさは、何ひとつ無くなった。ただチグリスの流れのみは、東西両市を連ねて、鏡のごとく光り、また美女の乳房の間にかけられた真珠の頚飾りにも似て輝いている。かの女はその水に唇をうるおして渇くことなく、またこの鏡に姿映して曇りを知らぬ。その大気と水とから匂やかに咲きいでたのは美女のあでやかさである」

12世紀のアンダルシアの旅行家イブン・ジュバイル(Ibn Jubair, Ibn Jobair)が1184年にバグダッドを訪れたときの印象で、「かの女」はバグダッドを指す。絶えざる争いで街は荒れ果てているとするが、都市を潤おす自然はしっかりと残っている様子が官能的な比喩で描かれている。街が戦乱に荒れるのは昔も今も繰り返されることだが、現代の戦争は自然さえをも取り返しのつかないほどに破壊する力を持っているのがさらに恐ろしいことだ。

上記引用は、イブン・バットゥータ、『三大陸周遊記』前嶋信次訳(角川書店、1989)、p.92より。



MSG: 10 on Wed 02 Apr 2003 16h25(JST) by よしのとしひこ
Subject: 奥泉光 『バナールな現象』 (集英社、集英社文庫)

こんにちは。(こちらに書き込むには「不適切な」(クリントン氏)事柄かもしれません。)
 上記の小説をイラクでの戦争関連の本として読みました。さきの湾岸戦争を時代背景にしています(サダムフセイン、ブッシュ(父)、CNN……。初出は1993年)。作中、主人公の「友人」が語るモーセの話が印象的でした(単行本では、50ページ以降)。
 神から律法を貰って下山してみると、イスラエルの民は黄金の仔牛のまわりでドンチャン騒ぎ。モーセは激怒。レビ人たちに、民 三千人の虐殺を命じる。「あなたがたは(中略)その兄弟、その友、その隣人を殺せ(出エジプト記)」。
「友人」曰く。悪魔でも民衆の敵でもなく「兄弟、友人、隣人、つまり同じ人間を、仲間を、いってみれば愛するものを殺せと命じる。(……)相手の人格をはっきり認めよ。(……)そのうえで殺せっていうんだからね。」殺人にもその判断の責任を負い続ける…「ユダヤ人が倫理の民だとの評価を僕は信じるね。人を殺すに際しても道徳的であれ。むしろ殺すときこそモラーリッシュであれ。イデオロギーから殺すな。それができない奴の倫理は本物じゃない。どうやらそういうことらしい。」
「友人」が語り終えるとテレビには多国籍軍の米軍司令官の顔。「Schwarzkopf.黒い頭。」この作品は直接に戦争を主題とはせず、ミステリーの要素も含み、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』への批評意識をもつ面白い小説です。そんなことは、ともかくとしても……
 たとえば、花の下にてたらふく四月の魚料理を喰らい、美味なる葡萄酒を飲み干し、熱く濃い珈琲やシャーベット、ブランデーやチョコレート……、「善か悪か」「白か黒か」「殺すときにも道徳的!」よりも、口腹のよろこび、嘘つきのたのしみ、さらにはもっと、おバカでだらしないしあわせを求めたいのですが……、しかしあちこちから叱られそうです。(2003年4月2日)



MSG: 11 on Thu 03 Apr 2003 03h35(CET) by Autel
Subject: Re 奥泉光 『バナールな現象』

興味深い紹介ありがとうございます。しばらく日本の同時代文学にうとく、私には、作者の名前だけ覚えがあるといった程度でした。93年にすでにこうした視点での作品が日本で出ていたとは新鮮な発見です。今、日本の単行本が気軽に手に入れられないような環境にいるのですぐに読むのは不可能ですが、いつか読んでみたいと思っています。

こうした内容なら翻訳が出てもおかしくないと思って今検索したら、著者の「石の来歴」という作品は、英、仏、独語の訳が出ていますね。仏訳 :
Hikaru OKUIZUMI, Les Pierres, trad. par Rose-Marie Makino-Fayolle (Actes Sud,1996).

こちらの『バナールな現象』のほうも翻訳が出ると面白い反響が期待できそうですが...




MSG: 12 on Thu 03 Apr 2003 04h04(CET) by Autel
Subject: Re 花の下にてたらふく


>花の下にてたらふく四月の魚料理を喰らい...
もっともです。少し前から私自身、書こうと思っていながらまとめる機会を逸していたのですが :

今回の件で、私たちは肉体的存在に爆撃を受けていないとはいえ、感性に容赦ない爆撃を受けている。CNNいやNBC,Foxの映像によって、そして、おおげさな概念を粗雑に組み立てただけの言説の否応のない押し付けによって。それは今鮮明になっているだけのことで、もう何十年も爆撃を受け続けてきたようです。こうした爆撃がいやおうなしに世界を制覇することによって、美味なる葡萄酒を美味として十全に味わう感性、かすかな言葉の綾めで織り成されたものをそれに即して味わう感性が殺されていくことを危惧しています。性の多様なありかたでさえ、インタネットの世界で用意されたステレオタイプの中に吸収されていく。

私がここ(やあるいは別の場所)で対置したかった(い)のは、いくつもの赤葡萄酒の滴の色や口の中に広がる速さや方向の違いにうつつを抜かしてほうける権利、鞭のうなる微妙な音の違いに耳をすます歓び、愛する女性の鼻の頭が自分の身体に触れる感触、紙の上に刷られるabcのひげの長さや曲がりかたの美的な優劣をめぐって口の角に泡をとばして論じることのできるぜいたく等々。生命を保証されている者のぜいたくといえばそれまでですが、最終的にはこれら(他人によって用意されていない)自分の好きなものを生きている限り誰もが意固地に守るということからしか、貧しくも危険な方向へ向かっていくこの場所をいくらかでも住みやすくする方法はないのではないか。そうした開きなおりに近い確信が、こんなサイトを作らせています。




MSG: 13 on Thu 03 Apr 2003 04h16(CET) by Autel
Subject: 聖書といえば

ぶっそうな話が続く後だけに、こんな歌はほっとさせられる...

りんごの木の下でわたしはあなたを呼びさましましょう
あなたの母もここであなたをみごもりました
あなたを生んだ方もここであなたをみごもりました。

わたしを刻みつけてください
あなたの心に、印章として
あなたの腕に、印章として

(雅歌8.5、新共同訳)






MSG: 14 on Thu 10 Apr 2003 09h20(JST) by よしのとしひこ
Subject: ゲーテ、「西東詩集」のなかの詩篇 

こんにちは。ゲーテの『西東詩集』のなかに、次のような無題の詩篇があります。

 たとえば東洋と西洋のように
 きみと恋人が離れていると
 心は はるかな砂漠を かけめぐらねばならぬ
 しかし 道しるべは至るところにある
 愛するものにバクダットは けっして遠くない
             (大山定一訳)





MSG: 15 on Thu 10 Apr 2003 21h53(CET) by Autel
Subject: Für Liebende ist Bagdad nicht weit

よしのさん、いつも書き込みありがとうございます。私自身はなんとなく大作家を敬遠する癖が昔はあって、ゲーテの詩はあまりちゃんと読んでいないのですが、いいですね文豪の晩年の詩。平易で簡潔だけどイメージ豊かで。紹介していただいて、ありがとうございます。原文が気になるので見てみました。

Bist du von deiner Geliebten getrennt
Wie Orient vom Okzident,
Das Herz durch alle Wüsten rennt;
Es gibt sich überall selbst das Geleit,
Für Liebende ist Bagdad nicht weit.

日本語訳ではどうしても韻が踏襲できないのが残念だと思います。それに口語訳だとどうしても長めになる。紹介してもらった大山訳、微妙に論理関係を補って、それなりに好きな訳ですが、でもやはり朗読したとき原文のほうがずっと気持ちがいい。

口ずさみながらいつのまに詩を作る者の立場になって考えを巡らせていました。

愛の歌というテーマは決まっている。東方、西方という枠組みも。そして、Orient / Okzident という二つの離れた世界を表わす言葉の対が、getrennt(離れている)という語と脚韻でシンクロしたときにもう詩の核が一瞬に詩人の頭にできたに違いない。OrientでなくOkzidentが後にくる順番は、そのほうが getrenntと良く響きあうからだろう。愛するものから遠く離れている恋人というモチーフは自動的に出てくる。3節目の durch alle Wüsten rennt (ありとあらゆる砂漠じゅうをめぐって駆ける)では、renntが脚韻から出てくると同時に(特に一節めの getrenntとの関係で)、die Wüsten が東方のイメージからそれと対になって出てくる。最後の2節の新しい韻は、離れているというイメージとの関連で出てくる weit によってほぼ決まり、それに呼応して意味的な関連から選ばれた言葉が das Geleit(「道しるべ」というより、素直に読むと「道案内」という気がするのですがどうなんでしょう)。Bagdadが特に選ばれた理由はわからないが、4節めの /zelpst/ /gelait/ に呼応して最後畳みかけるように現われる /ist/ /Ba:kda:t/ /niçt/ /vait/ の /t/ の連続にはまると実に気持ちいい...

などと、まとはずれかもしれませんが、言葉の音と意味の想像の世界で遊ぶのもなかなか楽しいものです。しかしそれにしてもこの時代の詩というのは少ない語数の中で見事に組み立てられているものです。しかもその知的パズルの産物のようなものがごく自然な装いでこの5行だけでなく延々と続いていく。それをある程度のスピードでつむぎ出していくのは恐ろしく高度な作業に違いありません。こういうものを何百行も書き連ねていく集中力にはまったく脱帽です。

西東詩集 West-östlicher Divan 全文収録サイト
http://schiller.germanistik.uni-sb.de/divan/buecher.html

(最後に特殊文字を処理しようとして気が付いたが、ウムラウトによる母音が Wüsten, überall, fürと ü /y/ しか出てこないのは何かの偶然か?たぶん偶然ではないだろう)






MSG: 16 on Sat 12 Apr 2003 23h00(CET) by Autel
Subject: 事情が許さない...

ときどき遊びに行くサイト、フランスの島のkanjikan氏が最近の日記で曰く「Histoire d'Oだったか、執務中に横に立たせた裸体の美女の毛をなでるというシーンがあった(と思う)。そんな環境で仕事をすればこんなには疲れないに違いない。」

実をいうとHistoire d'Oのほうの原作には該当するシーンはない(「ステファン卿は通常、Oをできるだけ近く、手の届くところに置いておくのを好み、彼女をかまっていないときでも、自分の机の左側にすわらせていた」という記述と、そのずっと後に「ステファン卿はOの茂みをひっぱるのをあれほど好んでいた」というくだりがあるので、それほど遠い発想ではない)のだが、それはさておき、なるほどこれはいいと思い、近くにいる美女(R***)もまんざらでもなかったのだが...あれ?そういえば今のままでは事情が許さない...



MSG: 17 on Sun 13 Apr 2003 20h59(JST) by kanjikan   E-mail   Web Site
Subject: お邪魔します。。。

お言葉に甘えてお尋ねします(正直言うとちょっと怖い)。
あれkanjikanの話が出ている。フーッ。少し安堵。なるほど、都合のいいところだけを覚えていたのか、、、「茂み」というんだな、もろに「毛」なんて書かずに。失礼。それにしても日本語のこの方面の語彙は漢語か江戸文学調で、どうにも現代の感覚にはなじまないようだけれど、フム、Autel氏はどうされているのだろう、興味津々。美女(R***)氏の忌憚ない意見も聞いてみたい。

実はこのサイト、ほとんど読みつくしていて楽しませてもらっています。これからは勇気を出して書き込みをしますのでよろしく。



MSG: 18 on Sun 13 Apr 2003 17h23(CET) by R***
Subject: 忌憚ない意見

kanjikanさん書き込みありがとうございます。
今日は夏のように暑いので部屋でボーッと日曜恒例の大掃除をしています。
日本語の表現は漢字も含めてとても難しいと思います。なのでまず翻訳者というのは何よりも日本語を理解していないといけないのですよね。私はその点失格です。Oraclutie-知と愛、の愛担当ですので(笑)。
Kanjikanさんのバスティーユお散歩途中のレストラン、いつか行ってみたいなあ、と思いました。



MSG: 19 on Sun 13 Apr 2003 18h25(CET) by R***
Subject: 嬉しい痛み?

太陽が少し弱くなってきたので気分転換にお散歩に出ました。お気に入りのサロン・ド・テのアイスクリームが目当てだったのですが、まだ季節が早いのか、出店していませんでした。教会の廻りを一周して帰宅。昨日虐められた(可愛がってもらった?)左の乳首がまだズキズキと痛みます。。。




MSG: 20 on Tue 15 Apr 2003 00h54(CET) by Autel
Subject: この方面の語彙(res to MSG 17)

kanjikanさん書き込みありがとうございます
>それにしても日本語のこの方面の語彙は漢語か江戸文学調で、どうにも現代の感覚にはなじまないようだけれど

おっしゃるとおり頭の痛い問題です。私は一応、日常会話の語彙+現代小説で使われているある程書き言葉の語彙+解剖学的ニュートラルな用語の中に収めようとしているのですが、それでもぐじゃぐじゃと漢語が多くなります。江戸文学調になると戯作的になってひょうきんな感じのが増すのでこれも難しい。日常的に用いられている範囲で外来語を使うというのはもちろん順当なオプションですがあまり乱用するとまた下手な翻訳ポルノみたいになってしまいす(クリトリス、ペニスはいいですがプッシーの連発になると...)。

特にSM関係は漢語が多用されるとじめっとしてくるのでやっかいです。例えばこの種のサイトでよく使われる「責め」という言葉。抵抗のない人にはないのかもしれないけれど、私には「伊藤晴雨」の責め絵の姿がぐっと浮かんでくるので、ある種の抵抗なしには使えません。この分野ではカタカナ語もかなり早く手垢にまみれる傾向があり、「プレイ」という言葉も私にとっては使いにくいです。

翻訳ということでまたいろいろな問題が出てきます。フランス語では基本的な語彙でも、日本語だと漢語か江戸調あるいは幼児語に訳さざるをえずピンとこなくなるものが多い。『O嬢の物語』には婉曲語法が多く、そのものずばりを指す言葉が少ないのでそれでもましですが。そのあたり、「ずばりの」テキストに果敢に取り組んでいるのが「ふれんちえろちか」ですが、やはり語彙のスタイルの現代性という問題では苦労しているようです。というよりもあちらはわざといろいろなスタイルの語彙をとりまぜて猥雑さを出そうとしている節がある。

私自身、自分の文章でも婉曲語法を好む傾向があるのですが、内省してみると、その理由には多分、日本語の「ねこをねことよぶ」語彙の多くが、上記のカテゴリー(湿っぽい漢語、戯作調、幼児語)にはいる自分の感性に合わない響きのもので、それらの語彙を無意識に避けていることがあるようです。その自己検閲のうさをもしかしてある程度フランス語で書くときにはらしているのかもしれせんが(笑)。ただこれもやり過ぎると日本語版を作るときに困りますが...前に C'est une sacrée belle salope. という表現を日本語でどうしたらいいか長い時間悩んだあげく一文で等価な訳を作るのは不可能という結論に達したことがあります。

あまりちゃんとした答えにはなっていませんが、またそのうちもっと具体例に即して議論する機会もあると思いますので、ひとまずこの辺で。



MSG: 21 on Thu 17 Apr 2003 01h53(JST) by kanjikan   E-mail   Web Site
Subject: 丁寧なご返事、ありがとうございます

丁寧なご返答、感謝します。
婉曲な表現と言えば池田満寿夫の「エーゲ海に捧ぐ」(だったかと、、、)が蜜の巣とか愛の泉とか外来の表現を惜しみなくというか、恥じることなく頻発し、それがこの人のスタイルによくあっていたのを思い出します。
しかしそれにしても難しいですね。避けて通ればいいものを、いったんこれを突っ切ろうとすると頭から壁に激突する事態にもなりかねないし。Hitoire d'Oはその点、実に品格がありますね。最初はles reinsの意味が分からず、「え?何やってんだろ」くらいでした、本当に(初心だったHi、hi、hi)。

各人それぞれ努力するしかない、と。なんだかClaudineさんのエネルギが羨ましい。(しかしなぜ女名なんだろ???)

あ、こういう話題はもうひとつの掲示板へすべきだったのかも、お許しを。次回からは向こうへ書きます。



MSG: 22 on Thu 17 Apr 2003 10h17(CET) by Autel
Subject: Res to Kanjikan's MSG21

言葉に関する議論というのはいろいろな考えを刺激するものです。
USOノートの主語の話、読みました。私も思うところはあるのですが、まとまっていないので、いずれのそちらの掲示板に感想は書かせていただきます。
私のほうは語彙から音のほうに頭が向かい、前から頭のなかにたまっていたことを Plaisir de la langue 舌の快楽・言葉の快楽として一気にテキストとしてまとめアップする機会となりました。

>もうひとつの掲示板へ
あまり厳密な区別はつけてなく、単に Histoire d'O BBS のほうで、Hsitoire d'O だけにしか興味のない人にとってわずらわしくならないように主題の限定をしているだけです。こちらは極めて自由なのでなんでもどうぞ。ただあちらの掲示板もちょっとさみしいのでぜひ遊びに来てください。



MSG: 23 on Fri 18 Apr 2003 01h14(JST) by claudine   Web Site
Subject: ブラッサンスのリンク

4月にアドレスが変更になると聞いていましたのでまもなく私の方へ奥地氏より連絡が来るとおもいます。


MSG: 24 on Fri 18 Apr 2003 10h43(CET) by Autel
Subject: re ブラッサンスのリンク to Claudine MSG 23

これはこれはClaudineさん、わざわざこちらまでいらしてお返事くださいありがとうございます。Claudineさんならご存知ではないかと思いお尋ねした次第です。
ちょうどClaudineさんの話でもりあがっていたところです。P.ルイスの続き楽しみにしています。小話集がいったん終了となってしまったのは残念ですが。





MSG: 25 on Fri 18 Apr 2003 23h35(CET) by Autel
Subject: 聖金曜日

イエス・キリスト受難の日。不謹慎ながらキリストの鞭打ちについて調べてみたら、こんなサイトがあり、

http://perso.wanadoo.fr/gira.cadouarn/france/annexes/flagellation.htm

使用された鞭から、鞭打ちの方法、予想される傷痕などについて歴史的事実関係に関する恐ろしくマニアックな考察をしている。どんな興味からこんなマニアックな追求をするのだろうと思った、いわゆる「トリノの聖骸布」の信憑性を科学的に検討するというサイトでした。

2また、または3またになっていて先には羊の骨が鉛の玉がついているという当時の鞭と同タイプのものの写真がある。当時のユダヤ人の法では罪人に対する鞭打ちの回数は40回以内、ローマの法では制限なし。キリストはローマ人の総督によって裁かれたため制限なしのほうの扱いを受けた。聖骸布には100以上の鞭打ちの跡があって、使われた鞭が2またのものだとしたら少なくとも50回は鞭打ちを受けたろう。両手を頭の上に上げ柱に縛るか、吊るように拘束して鞭打つ(これは『O嬢の物語』の最初の鞭打ちシーンといっしょ)等等。インパクトの強さの計算や鞭打ちの影響の外科医学考察まで...鞭打ち大全みたいになっている。

MSG: 26 on Fri 18 Apr 2003 23h43(CET) by R***
Subject: re 聖金曜日

i'm getting wet.....



MSG: 27 on Sat 19 Apr 2003 23h03(CET) by Autel
Subject: "R"

l'Éridan, la Loire, la Garonne, L'Euphrate, la Dordogne et le Rhin et le Rhône ...
"R" -- 流れとともに様々に変わる水の音
"R" selon Antoine-Pierre-Augustin de Piis




MSG: 28 on Sun 20 Apr 2003 03h01(CET) by R***
Subject: il n'y a pas d'amour heureux

il n'y a pas d'amour qui ne soit à douleur
il n'y a pas d'amour dont on ne soit meurtri
il n'y a pas d'amour dont on ne soit flétri
Et pas plus que de toi l'amour de la patrie
il n'y a pas d'amour qui ne vive de pleurs........

par louis aragon


MSG: 29 on Sun 20 Apr 2003 7h14(CET) by Autel
Subject: to R***

You forgot to quote the last line :

Mais c'est notre amour à tous les deux